「心配」は”愛”じゃない

写真素材-フォトライブラリー

「あなたがちゃんとご飯を食べているか心配よ」

「あの子が幸せかどうかすごく気になるわ」

「ひょっとして●●なんじゃないかしら?心配だわ」


これらは一見、とてもその人のことを大切に思って発言しいるようですが、実は、そのひとが自分の監督外で幸せでいることを信用していないだけ。つまり、そのひとは自分が見ていないと、世話をしていないと決して幸せになれないと言っているも同然です。


私が、このことを…”心配”することは愛ではないことを初めて知ったのは、あるクレアボヤント(透視リーダー)からのセッションを受けている最中でした。

「あなたのお母さんから強い”心配”のエネルギーが飛んできてるね」

「?それって悪いことなんですか?」

「良くないね。そのひとのことを全く信頼してないってことだからね」

「信頼していない??」

「本当の愛とは、その人がどこで何をしていても幸せであると”信頼”している、あるいは知っていることだよ。きっと、あなたのお母さんはそのお母さんからそうやって育てられたんじゃないかな。そうして心配することが”愛すること”だと勘違いしたんじゃないかな」


そういえば、幼い頃の母は病弱で何かと言ってはすぐに寝込んでいたそうです。戦後すぐでしたからその日の食べ物にもこと欠いていたのに、高額なお薬なんか滅多に買うことはできません。ですから、祖母は母の体調管理にかなり神経を使っていたようです。


心配は信頼の欠如からくるもの。

心配のしすぎは執着に繋がり、その結果そのひとを束縛してしまう。

心配は愛じゃない。

初めて知りました。


だけどどうしても心配しちゃうわ、というあなたには、バッチフラワーレメディのレッドチェストナット をお勧めします。

レッドチェストナットをとると、愛する人を束縛することをやめ、自分が心配しなくてもそのひとは幸であると信頼できるようになります。


◆ バッチフラワー・レメディ コンサルテーション
















さくらバッチフラワーセラピー

福岡県筑紫野市で自分らしく豊かに過ごすためのコンサルテーションと少人数制のクラスを開いています。